執筆: 佐賀・筑後産業保健事務所公開日:
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「自分はけがをしていません。明日も出ます」
職場で同僚が大きなけがをする事故が起きたあと、目撃した従業員からこう言われたら、会社は何を確認すればよいでしょうか。
けがの有無だけでなく、睡眠や集中力の変化と、担当する作業を確認することが大切です。 「大丈夫です」という言葉を受け止めながら、その日の勤務を安全に行えるか、相談や休養が必要かを考えます。
事故直後は、救護と二次災害の防止が優先です。会社による必要な連絡・報告、原因調査、再発防止も進めます。本記事は、そうした事故対応と並行して行う、目撃者等の健康支援を扱います。千葉労働基準監督署・労働災害発生時の対応
主な読者は、常時50人以上の事業場で嘱託産業医と連携する経営者・人事総務・現場責任者です。以下の事例・会話・表・記録例はすべて架空で、当事務所の実績や実在の相談例ではありません。時間や手順は、実務上の提案例です。
85人の物流事業場。出荷班の一人が、事故の翌朝も出勤した
常時85人が働く物流事業場を想定します。総務は2人で、一人が衛生管理者を兼務。嘱託産業医を選任していますが、常駐の保健師はいません。
6人の出荷班で荷が落下し、一人が大きなけがをして救急搬送されました。会社は事故区画を立入禁止にし、原因と安全を確認するまで、その区画での作業を止めています。Aさんは近くで事故を目撃しました。
翌朝、Aさんは「自分は大丈夫です」と出勤しました。しかし、始業前の声かけで「昨夜は何度も目が覚めた」「大きな物音がすると、作業の手順が飛んでしまう」と話します。
Aさんの担当は、事故区画とは別の場所でのフォークリフト作業です。その時間帯に必要な資格・教育と現場経験を備えた担当者は、Aさんを含めて2人しかいません。もう一人にも、もともとの出荷予定があります。
現場責任者は、「本人が出勤した以上、通常どおり任せてよいのか」「運転を外すと出荷が遅れる」と迷っています。
重大な事故の影響は、直接けがをした人に限りません。目撃した人にも不眠や強い緊張などが生じることがあり、経過には個人差があります。ただし、事故後の反応があれば直ちにPTSDなどの病気と決まるわけではありません。国立精神・神経医療研究センター・PTSD
最初の声かけでは、事故の詳しい説明より今の困りごとを聴く
総務または現場責任者が、周囲に話が聞こえにくい場所で声をかけます。例えば、次のように始めます。
「昨日のことを、今ここで詳しく話す必要はありません。昨夜は休めましたか。今日の作業や帰宅で、心配なことはありますか」
本人が話したいときは耳を傾けます。一方、「話せば楽になるから」と事故の光景や気持ちを順番に語らせたり、全員を集めて体験を話すよう求めたりはしません。
心理的応急処置(PFA)のガイドでも、安全と当面の困りごとを確認し、実際に役立つ支援につなぐこと、話すことを無理強いしないことが重視されています。専門的な治療やカウンセリングとは役割が異なります。WHOほか・PFAフィールド・ガイド
Aさんには、運転中の確認や操作に支障が出そうか、どの作業が不安かを具体的に聴きます。会社が診断用の点数をつけたり、「精神的に弱い」と評価したりする場にはしません。
事故を目撃した人全員を、一律に休ませる・運転から外すという対応でもありません。それぞれの状態と仕事を確認します。この事例では、睡眠不足に加えて作業手順が飛ぶという訴えがあるため、現場責任者は安全上の懸念がある運転を当面見合わせ、総務から産業医等への相談を進めます。
意識がおかしい、強い呼吸困難がある、自分や他人を傷つける差し迫った危険があるなどの場合は、心理的な反応と決めつけず、119番通報等の緊急対応を優先します。本人と周囲の安全を確保し、担当者だけで抱え込まないでください。
交代できる人が少なければ、出荷の順番と量を変える
運転を外したAさんに「では、何か軽い仕事を」と伝えるだけでは、調整が具体的になりません。伝票確認にも集中力が必要で、事故区画に近い場所では負担が強まる可能性もあります。
所長・現場責任者・総務は、まず15分程度で当日の担当と出荷予定を整理します。これは最初の打合せの目安であり、本人への対応や顧客との調整まで15分で済むという意味ではありません。総務がこの対応を行う間は、所長が急がない集計等の期限も調整します。
表は横にスクロールできます。
| この事業場で困ること | 当面の対応例 | 判断・実行する人 |
|---|---|---|
| Aさんの運転を外すと出荷が遅れる | 納期と安全上の条件を確認し、延期できる出荷を選ぶ。変更は顧客と調整する。 | 所長が優先順位を決め、営業担当が連絡する。 |
| もう一人の有資格者へ仕事が集中する | 引き取る仕事に合わせ、その人の元の予定も減らす。休憩や残業への影響を確認する。 | 現場責任者が担当表を組み直す。無資格・未教育の人に代わらせない。 |
| 別の仕事ならできるか分からない | 作業場所、必要な集中力、危険性を整理して医師へ相談する。必要な休養を優先する。 | 総務が情報をまとめ、会社が医師の意見を踏まえて決める。 |
| 自家用車での帰宅が心配 | そのまま一人で運転して帰す前に、安全な移動方法を相談する。送迎・タクシー等を手配する場合の費用と担当を決める。 | 総務が本人と確認し、所長が手配に必要な時間・費用を判断する。 |
他部署の応援や外注を検討する場合も、資格、現場の危険、説明に必要な時間、費用を確認します。別の人を呼べば、そのまま同じ出荷量を維持できるとは限りません。
安全と必要な休養を確保しても予定が収まらない場合は、所長・経営者が顧客との調整や業務の縮小を判断します。Aさんの我慢や、残った同僚の長時間労働を前提にしないことが必要です。
産業医には「PTSDですか」より、体調と担当作業を伝える
総務・衛生管理者は、次回訪問日を待たず、契約している窓口へ相談方法を確認します。医師に伝える情報は、本人が話した体調の変化、実際の仕事、会社が行った調整、調整できない点に絞って整理します。
「事故を目撃した翌朝、眠れなかったことと、大きな音で手順が分からなくなることを本人から聞きました。現在は運転を見合わせています。休養や受診の必要性、勤務を続ける場合の条件、再確認の時期について相談したいです」
産業医は、本人の状態と仕事内容から、受診・休養や就業上の配慮について医学的な意見を述べます。診断・治療が必要なら医療機関につなぎ、会社は助言を実行できる担当・勤務・仕事量を決めます。厚生労働省・心の健康の保持増進のための指針
訪問日前の相談、追加面談、オンライン対応、費用は契約と実施条件によります。即時の面談が難しくても、必要な安全措置や医療機関への相談を先送りしません。
生活や仕事への支障がある場合、「事故からまだ日が浅い」「1か月たっていない」と受診を待たせる必要はありません。 かかりつけ医等への相談も選択肢です。国立精神・神経医療研究センター・相談や受診について
面談前には、本人に目的と情報の共有先・範囲を説明し、必要な同意を確認します。現場に伝えるのは、担当から外す作業、勤務上の配慮、見直す時期などです。詳しい症状や面談での発言を、部署全員へ知らせる必要はありません。個人情報保護委員会・健康情報の取扱い
事故の事実確認と、健康相談の役割を分ける
会社には事故の原因を確認し、再発を防ぐ対応が必要です。一方、産業医面談は、誰に事故の責任があるかを決める場ではありません。
総務が事故調査の連絡も兼務する場合は、本人に「この連絡は健康相談について」「こちらは事故の事実確認について」と目的を説明します。記録も、目的と閲覧できる人を整理して管理します。
事実確認の聴取では、必要な内容を整理し、担当者ごとに同じ説明を何度も求めないよう調整します。法令上必要な報告・調査を止める趣旨ではなく、本人の状態に応じて時間・方法・休憩を検討するということです。手続きや期限に迷う場合は、労働基準監督署や労務・法律の専門家へ確認します。
また、安全教育のつもりで目撃者全員に事故映像を繰り返し見せたり、Aさんを「慣れるため」と事故現場へ連れて行ったりしないでください。会社の判断で心理療法に相当する対応を試すものではありません。必要な安全教育の方法と、本人への配慮を別に検討します。
翌日の出勤だけで、支援を終わりにしない
当日は落ち着いて見えた人も、後から不調を相談することがあります。目撃者や救助に関わった人には、相談窓口と利用方法を知らせます。全員に詳しい体験を提出させる運用にはしません。
総務は本人と次の連絡日・方法を決め、医師の助言と状態に応じて、数日後などに再確認します。睡眠や日中の支障、困る作業、実際に休憩が取れているかを確認し、悪化した場合は予定日を待たずに相談できるようにします。
記録例:当日のフォークリフト作業は見合わせ、延期可能な出荷は営業が顧客と調整。総務が産業医への相談を手配し、本人と次の連絡日時を確認した。勤務の扱いは医師の意見を踏まえて見直す。健康相談の記録は、事故調査の資料と閲覧権限を分けて管理する。
「1週間休めば必ず戻れる」「一度面談したので対応は完了」とは決めません。事故区画の安全が確認されたことと、個々の従業員が元の作業に戻れることも、別に確認する必要があります。
落ち着いた段階では、所長・衛生管理者・産業医等で、緊急時の連絡先、訪問日以外の相談方法、出荷を減らす判断者を整理します。救助や調整を担った同僚・管理職の疲労にも目を向け、次の事故対応で特定の人へ負担が集中しないようにします。
佐賀・筑後産業保健事務所では、嘱託産業医契約を通じて、従業員の健康状態と仕事内容を踏まえた就業上の配慮や、その見直しを支援します。事故後の健康相談についても、現在の体制を伺い、対応できる範囲と費用をご案内します。
お問い合わせには、事業場の人数、担当する作業、すでに行った調整などの概要をお知らせください。従業員の実名、事故の写真・映像、詳しい診療情報を初回連絡に添える必要はありません。緊急の救護・医療対応は、お問い合わせへの返信を待たずに行ってください。
※資料確認日:2026年10月14日。一般的な情報と架空の対応例をまとめた記事です。個別の診断、就業上の措置、事故対応の法的手続きは、医師等の専門家と確認してください。
参考資料
- 千葉労働基準監督署「労働災害が起こる前に知っておきたい知識」(救護、二次災害防止、連絡・報告、再発防止の基本を参照。個別の報告要件・期限や労災認定を判定する記事ではない。)
- 国立精神・神経医療研究センター・こころの情報サイト「PTSD」(重大な事故等の目撃も影響しうること、不安・不眠等の反応と経過の個人差を参照。会社による診断や、一律に受診を待つ根拠には用いない。)
- WHOほか「心理的応急処置(PFA)フィールド・ガイド」日本語版(国立精神・神経医療研究センター掲載)(安全・実際の困りごとへの支援、体験を話すことの無理強いを避ける姿勢を参照。図表・会話・事例は転載せず独自作成。)
- 国立精神・神経医療研究センター「こころの病気について理解を深めよう」(日常生活への支障や続く不調がある場合の早めの専門相談、かかりつけ医等への相談を参照。)
- 厚生労働省「労働者の心の健康の保持増進のための指針」(強い心理的負荷を伴う出来事の後の相談対応、産業保健スタッフ等との連携、職場環境の改善と見直しを参照。)
- 個人情報保護委員会「雇用管理分野における個人情報のうち健康情報を取り扱うに当たっての留意事項」(健康情報の利用目的・共有範囲、必要な同意、詳細な医学的情報の取扱いを参照。)
コラムは産業保健の一般的な考え方を整理したものです。公開時点の情報に基づきますが、法令の解釈や運用は一次資料と専門家の確認が必要です。個別事案の判断には使えません。